ブルーシートとワンカップ

この公園は春になると桜が綺麗で

人も沢山集まってすごく賑わうのだけれど

今は季節も違うからとても静かだし色もなく

道に沿ってただ茶色の胴体が並んでいるだけだ。

 

にはどうしたってピークってものがある。

そのピークを人生の真ん中とするか終わりとするか。

時期的にも春からは遠いし

生き生きと咲き誇っていた姿の想像さえも難しい。

声を発する様子もないから正直

既に命絶えてしまったのかと思う程だけれど

それは失礼だ。

やはりその黙とした姿の奥に

固く命を重ねてきた深みを感じる。

表情も変えず

ただそこに

居る。

彼も遠い春を懐かしく思うのだろうか。

今の方がいいと心穏やかな気持ちなのだろうか。

 

叫び声と酒やゴミの匂いで目眩がする。

調子乗って登った木から落ちて手足を折る怪我をする。

笑い話だったはずがまさか職を失う事になるとは

だけど春というのは別れもあれば出会えもする。

 

病院の待合室で少しだけ話した。

やたら距離を詰めてくるもんで始めは引き離した。

春なんだからお花見に行きませんか?と。

おい俺は花見で怪我したんだ。行きませんよと。

酒は懲りたしそもそも弱いんだ。飲めてほんの一杯。

じゃあ私が半分飲みます。だから今度1回。

 

と渋々行った花見が本当に楽しかった。

暮れの上野恩賜公園。連れもずっと嬉しそうで。

枝の折れた若いやつが辛気臭く咲いてて

来年は頑張れよって笑って言ってすぐに泣いた。

こいつは俺だ。

折れた腕が疼いた。

松葉杖を捨て元気ハツラツで生きると約束をした。

 

人生にはピークがあるんだ。きっとそれが今じゃないだけ。

翌年のお前の咲きっぷりは紛れもなく1番だった。

 

春は花見に行くもんだ!

花は美しい!と、気付けば先陣切り自分からブルーシート敷いてた。

酒はまだ弱い。

がポケット差し込むワンカップ。

こいつをちびちびやり気持ちよく酔って明日から頑張る。

 

相変わらずお前は花見が好きで

翌年もその翌年もずっと話が尽きねぇ。

その翌々年にご主人と

腹デカくしてモジモジと挨拶に来てくれてからはとんと見なくなった。

 

最初の花見から

度々会ったがだんだん

惚れ過ぎて怖くなった俺はあんたから逃げたんだ。

いつか嫌われて元恋人や元妻という呼び方になるよりも

かつて自分が心から愛した人という枠を選んだ。

 

惚れた女と俺によく似た桜。

ちょうど良く酔いが回る真昼間。

まっピンクの景色。

紛れもなくあの時間が俺にとってのピークだった。

まっピンクのピークが今も俺の中にはあるんだ。

 

なぁ兄ちゃん覚えておけ。

ねぇちゃんも覚えとけよ。

思い出し笑いの数が幸せなんだ。

シワが目立ったってこの思いは死なない。

 

人生にはピークがあるんだ。きっとそれが今じゃないだけ。

あの時咲かせた花の事を俺は俺と呼ぶんだ。

 

この公園は春になると桜が綺麗で

人も沢山集まってすごく賑わうのだけれど

今は季節も違うからとても静かだし色もなく

道に沿ってただ茶色の胴体が並んでいるだけだ。

 

黙として動かず

一点を見つめて。

枝の折れた桜の下

ブルーシートとワンカップ。