例年

今年のスギ花粉は例年の3倍です

と毎年毎年2倍だ3倍だと言われるものだから

インフレを起こしたこの世界で

例年はいつのまにかどこかにいってしまった

 

例年だって弱い訳じゃない

昔はブイブイ言わしたもんだ

でも時代がもう例年では満足できなくなっているんだ

 

何%

とかではなく

何倍

とかじゃないと薬局も耳鼻科も潤わない

 

去年より楽かも

あ 今年は例年通りらしいよ

今年は辛いよなぁ

あ でも今年は例年通りらしいよ

 

俺は例年に同情する

お前は弱くない

俺にとってお前は今もライバルでいつだって脅威だ

例年通りと聞けばホッと胸を撫で下ろすニセモノのファッション花粉症患者共とは違う

例年をナメるのもいい加減にしろと

俺は声を荒げたい

 

いつの頃からか世間から姿を見せなくなった例年

今頃ヤケ酒でも呷っているのだろうか

それとももう一度

あの時代を取り戻そうと

どこかで己を鍛え磨いているのだろうか

 

日本人がかつて愛し

生活と共にあったはずの例年

だが資本主義の波に飲まれ

例年とは停滞と等しい

というような価値観が生まれた

刺激は刺激を産み

また渇望し

さらにさらにと手を伸ばす

今日本には

とにかくなんでもバカみたいに辛くした食品と

アルコール度数9%のバカみたいなチューハイを一緒に摂取させることが

最早常識的に蔓延している

国民は刺激に慣れ

感覚の閾値は上がり

感動を失う

思考停止だ

 

いつもの時期にいつものようにいつものお前と会うつもりで待っていたのに

最近やってくるのは

回を重ねる度に髪の色が変わるスーパーなんちゃら人みたいなやつらばかりだ

もはや原型もない

 

もううんざりだ

俺はいつまでもあの頃のままでよかった

上でもなく下でもなくただ例年通り

例年と共に

それなりに過ごしていたかったんだよ

 

例年は約束に似ていて

それは心の備えであり

人生という一本道を

孤独から救う道標のような優しさだ

 

出会えば毎度鼻水と痒みに泣かされるが

このヤロウと

肩を軽く小突いて

去り際に笑い合う

 

今年は例年の3倍だってさ

 

俺は耳鼻科にも薬局にもいかない

ただただ流れる涙と鼻水を

零さないように上を向き噛み締め持ち歩き

いつか渾身の

このヤロウと肩を小突く時の為に拳を固める

 

なぁ おい

俺もかつてはいつかの3倍だったんだぜ

 

うっすら黄色い空気の向こうから

着慣れたTシャツみたいな

妙に落ち着く声が聞こえた気がした

 

むしろあの頃から比べたら

俺には君が何倍にも何十倍にも見えるぜ

 

ハッと気付くと同時に俺は

鼻の穴や目からではなく

胸から泣いていた

 

そうか

そうだよな

うん

わかった

わかったよ

 

俺はすぐさま涙と鼻水を手首で拭き

薬局へ行き

薬を買い

飲み込み

ティッシュで思いっきり鼻を噛んだあと

 

このヤロウ!花粉症とかマジで絶滅しろよ!

 

と思いっきり空を殴った