早炊き

人類史上最高の発明

「早炊き」

農耕水稲時代の礎を築いた方々が

この事実を知ったら涙を流すんじゃないだろうか

 

わずか20分程で心地良い合図が鳴る

 

ピーー

 

小走りで駆け寄る

ほんのり温かい炊飯器の蓋を開ける

意識が飛んでいきそうなくらい甘い湯気の向こうで

金色の稲穂より生まれし銀シャリ達が

真珠の輝きを放っている

少しベチャっとしている感じが80

故に2億点だ

銀シャリの「舎利」とは仏様や聖者の遺骨の事を言うらしいが

私は「砂利」から派生したのではないかと考えている

出来るのならば、お寺に敷き詰められた玉砂利よろしく

この銀砂利の上を心地よい音を鳴らしながら歩きたい

それはそれは熱かろう

だがその熱で穢れた身体は浄化され

私はきっと大いなる恩寵と慈愛に包まれるのだ

 

ずうっとこの地平を眺めていたいが

同時にこの美しく汚れなき聖域を

この手でもって侵したいという欲望も生まれる

誰もおらず

足跡一つない雪原を前に人は

黙って立ち去る事などできるだろうか

童心に還る

童心とは悪ではなく無垢であり

この無垢によるものであるならば

神も仏もなんだそれは致し方がない事だときっとお許しになられああもうお茶碗持ってきます

 

もういっそこのまま醤油を二・三周回していってしまおうか

しかしそれ以上の欲望が私を焚き付ける

背徳のしゃもじ

差し込む

脳と右手が痺れる

よそう

もう私はすでに頂いているのだと感じる

すくう

釜の中のお米

底の底まで必死にすくう

すくわない訳にはいかない

1粒たりとて

”もったいない”とは違った感情で

”感謝”ともまた違う

”恐怖”に似た感情で

 

もし私がこの一粒であったらとよく考える

隅の隅まで全力尽くして擦り上げるも

どうしても潰れてへばりついてしまい取れなかった78粒ほどに申し訳ないと首を垂れる

私が彼らなら絶対に許さない

 

座布団に腰を下ろし

とっておきのお土産にもらった紫蘇風味の縮緬雑魚を魔法のように上からふりかけて

箸を持ってからの記憶はない

お椀についた一匹のジャコを

最後の一粒と共に箸で掬い

口に運び甘いため息をつく

 

ご馳走様でした

 

私がこの米なら

私に食べられて幸せだっただろうか

思うに私がこの米なら

早炊きじゃなく

普通に炊いて欲しかった