走性

たとえば

突然紙とペンをポンと渡されて

さぁ詩を書いてみましょうと言われても

はて何を書けばいいのだろうと

気付くと空白の世界の中心に放り出され

辺りを見渡すばかりで何も進まない。

 

何にもない。

ただ膨大な空間だけがある。

その上をダンゴムシが

隅っこを求めてふらふらと彷徨う。

走性を持つのは虫や魚だけではない。

人も

その思考や無意識も

同じように刺激に対して走っていこうとするのだろうとよく思う。

 

かくいう僕は今夜も1

東武アーバンパークライン大和田駅。

改札と反対側の道路で立ち尽くし

遠くを見ながら歌を歌っている。

アーバンの意味を辞書で調べたくなるくらい

空が広くて星が綺麗だ。

 

オリオン座はどう見たってオリオン座だ。

真上のは確かペガスス座。名前が好きだ。

 

踏切のある街。

カンカンカンと空を叩く音。

落ちてくる遮断桿によって

分断される生活圏と僕の通り道。

到着した電車。

交錯する人々。

僕の乗る電車はまだ来ない。

僕の身体中には沢山の糸が絡みついていて

その11本があらゆる方向に伸びている。

そのウチの1本でも乗った電車が来たら

丁寧に手繰りながらそれに乗るんだ。

 

ソーシャルディスタンス。

マスクの着用をお願いします。

 

いいことだ。

僕達の関係性は距離なんかに負けはしない。

離れていたって一緒だよ。

オリオン座はどう見たってオリオン座だろう。

僕達の事をなんて名前の星座と呼ぼうか。

 

あの日の「また会おう」を財布に入れて持ち歩く。

あの夜の「次は負けないぞ」をヒートテックの下に挟む。

どうかみんな健康でいられますように

生き延びられますようにの

朝晩2回のお祈りが

糸を伝って優しく足を絞める。

 

僕はこの質量のない想いというものを

とても信じている。

愛や運や縁や恩を

BluetoothWi-Fiくらい信じている。

 

共同主観でできた仮想建造物や線を

運命とか意味と呼んで無理やり実在させなくても

幻であろうと

このファンクショナルフィクション

機能的な虚構を

愛して

大切な生きていく為の我が臓器の1つとして

組み込む。

 

正面からやってくる直方体の未来が

とめどなくぶつかってきて後方で煌めく塵となる。

ダイヤの指輪を撫でる女性が婚姻届に判を捺す。

外を知らない座敷の猫が天動説の夢を見る。

 

左靴にダンゴムシが触れる。

そのまま左向け左をして

迷わずに僕の靴の先を行くんだ。

 

踏切が開く。

糸が張る。

もう行かねばなりません。

いつになったら会えるでしょうか

スペースを埋める。

言葉。

言葉。

言葉。

 

 

約束をしよう。

僕はそれを駅にする。